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ベルセルクの原作の終わりを根拠に基づき予想する!

今日は、『ベルセルクの原作の終わりを根拠に基づき予想する!』について述べたいと思います。

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漫画ベルセルクに終わりは無い!?とか、ベルセルクが終わる前に三浦先生が病気で倒れてしまうので、ベルセルクは途中でお終いなどという声を掲示板などで見掛けることがあります。

ですが本当でしょうか?

ベルセルクが終演を迎える場合はどんなシーンなのか?

根拠に基づきベルセルクの終わりを予想してみました。

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1. 結論

僕が思うにベルセルクは、登場人物全員が、現世(うつよ)はもちろん、幽界(かくりよ)にも挟界にもどこにもいなくなる、そんな状態で終結するのではないかと思います。

具体的にいうと、TVのスイッチをプッツンと切った、そんな感じです。

2.そもそも話題になる作品は終結の仕方が違う!

話題になる作品というのは、例えば、予想外の展開になるとか、凄い迫力で手に汗握るような過激なアクションであるとか、大いに泣けるとか、とびっきり笑うことができるとか、あなたが考えていたものと良い意味で大きく予想外の内容でラストシーンが終わるのが一般的です。

3.ガッツのキャラは戦う戦士でしかなかった!

作者の三浦建太郎先生は、『ベルセルクが長期連載と決まった段階においては、黒い剣士ガッツをとにかく立てることに専念したかった。そして、その時点で決まっていたことは、ガッツのキャラクターであり、最初の3、4巻までで、ガッツのイメージを固めたかった。』と、7月からの新アニメ放送前に白泉社の社長鳥嶋和彦氏との対談の中で述べられています。

つまり、ガッツの連載が始まった頃、ガッツは黒ずくめで怒っているだけの復讐鬼でした。そのため、三浦建太郎先生の頭には、大剣のドラゴンころしをガッツが振り回し、左腕には大砲装備の義手を付けて、魔物を爆破するなどの凶暴極まる怪人としてのガッツしか頭に無かったそうです。

つまり、当初は、それ以外、はっきりと決まっておらず、書いていくうちに種々のアイディアが浮かんできて、気がついたら27年という歳月が経っていたということだと思うのです。

4.『ベルセルクは終わらない』はない!

このように書くと、何かだらだらと物語りが進行しているというイメージが浮かんで来るのですが、先の対談の中で、三浦先生は、

『今は、とにかくちゃんと終わらせたいという気持ちで描いている。』

と述べられています。

なので、ご本人の頭の中では、ベルセルクの終わりが既に見えているのではないかと思われました。

このため、掲示板などでよく言われる、『ベルセルクは終わらない』ということは無いと考えます。

5.TVのスイッチをプッツンと切ったような状態で終結する?

僕がなぜそのように『TVのスイッチをプッツンと切ったような状態で終結する?』と思ったのかということについてですが、その根拠を一つずつ述べます。

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5-1.魔物の強さ

まずは、魔物の強さについてです。その順位ですが、見えざりしもの>ゴッドハンド>使徒>使徒もどき>死霊の順で、左にあるもの程強いです。

そして、ゴッドハンドと使徒に関してですが、これらに人間が転成するには、その人間がベヘリットを必ず持っていなければなりません。

転生すべき人の元からベヘリットが譬(たと)え離れてしまったとしても、必ずやゴッドハンドになるためのベヘリットは、それを持つべくして持つ人の元に戻るようになっています。

例えば、ゴッドハンドの一人であるフェムトになるグリフィスは、真紅のベヘリットを一度なくしましたが奇跡的に彼のもとに戻ってきました。

つまり、グリフィスは、鷹の団を去ろうとするガッツを引き留めるためにガッツと真剣試合をしました。

しかし、その試合に負け、プライド及びガッツを失ったことによるショックで、グリフィスは、ミッドランド王姫と愚行を犯します。

そのことに腹を立てた王が、グリフィスを1年もの長期に亘って拷問にかけたことで、グリフィスは半死半生の身になります。

そして、グリフィスは、それまで肌身離さず持っていた真紅のベヘリットを失います。

2年の時を経て、グリフィスはガッツに助けられます。

けれど、プライドの高いグリフィスは、ガッツに助けられたことで、自分の存在を全否定するようになります。そして、絶望の淵の中、川にあった古木に自分の首を突き刺すことで自殺を図ろうとします。

ですが、グリフィスは死ぬことさえできず、昔の強気のグリフィスの面影は、無残にも全くありませんでした。

ところが偶然にも、そんな絶望の真っただ中にいたグリフィスが、かって自分が身に付けていた真紅のベヘリットを川の中から見つけ出します。

まさに時空を超えて、本来の持ち主であるグリフィスの元に覇王の卵と言われる真紅のベヘリットが戻って来ました。

一方、ガッツもその黒装束の甲胄の物入れ(ポシェット)の中にベヘリットを入れています。

このベヘリットは、妖精パックとポシェット内で同居?しているベヘリットであり、グリフィスが持っていた真紅のベヘリットとは違う『普通のベヘリット』です。

普通のベヘリットなので、ガッツは、ゴッドハンドになることはありません。

ガッツが、転成するとなれば使徒です(なお、ベヘリットに関しては、僕の別の記事『ベルセルクのベヘリット・ゴッドハンド・降魔の儀・蝕・使徒・生贄の烙印とは?』にも掲載されておりますので、よろしければそちらも読んで頂けると嬉しいです。)。

そして、ガッツが所持するこのベヘリットが、ガッツの元から離れないことを仮定として話せば、ガッツが使徒になることは確定しているわけです。

けれど、使徒とゴッドハンドとでは、ゴッドハンドの方が格上で、ゴッドハンドの方が、使徒よりも格段に強いのが普通です。

ですので、定義通りでいけば、ガッツは、ゴッドハンドであるフェムトことグリフィスには、勝つことが出来ないということになります。

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5-2.ガッツが使徒になったらどうなる?

しかし、ガッツは人間でありながら、使徒もどきはもちろん、数々の使徒を殺戮してきました。

ですので、人間でありながら使徒よりも強いガッツが転生したとすれば、ゴッドハンドと同じか、それ以上の力を持った使徒になり得る可能性だって十分あり得るのではないでしょうか。

つまり、ゴッドハンドといえども太刀打ちできないほどに力を持ったスーパー使徒の誕生です。

また、ガッツのドラゴンころしは、使徒と使徒もどきをなぎ倒したことで、その名の通りのドラゴン、つまり竜などの魔物にも太刀打ちできる大太刀としての機能が高まっていると考えられます。その根拠は、ベルセルクコミック第26巻『黄泉のほとり』にて、髑髏の騎士が、スランと対峙しているガッツに対して言った、『怯むな』『貴様のその剣ならば』『可能』『幾百幾千の亡者どもの怨念でき鍛えし』『その剣ならば』『貫け』といい、それに呼応して、ガッツがスランにドラゴンころしを突き刺してスランを消滅させた一場面から明白です。

ましてやガッツは、魔術師フローラにより、危険で強力な呪物の甲胄(かっちゅう)をもらい受けています。

その甲胄を身に付けただけでも使徒を殺戮するパワーが増幅します。

よって、その状態でガッツが転成したならば、どれほど強いベルセルクになるか想像も付きません。

但し、ゴッドハンドや使徒などを退治するための流浪の旅を続けてきたガッツが使徒になってしまうのもどうか?という声が聞こえて来そうです。

けれど、強帝ガニシュカ大帝の如く、使徒でありながら使徒との王にならんとして、ゴッドハンドに楯突く使徒もいるくらいです(コミックス第27~35巻をご覧ください。)。

このように、ゴッドハンドに抵抗する使徒もいる位ですから、ガッツが使徒に転生して、ゴッドハンドと対戦することそれ自体に矛盾はないと考えます。

同じ力の場合、最後に勝敗を決するのは運だと言います。

ガッツは登場人物の中で一番運が良いと思います。なぜかというと、目も無く左腕さえないのに、怪物的な破壊力で数多(あまた)の使徒や使徒もどきを殺戮してきたからです。

極めて運が良いといえるのではないでしょうか。

それに、ガッツが転生して使徒にならなかったら、ゴッドハンドには到底太刀打ちすることはできないと思います。

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5-3.ガッツが使徒になった場合の生贄は?

また、ガッツが使徒に転成するときの生贄ですが、やはりキャスカでしょうか?

しかし、一度生贄になって、体に烙印がされたキャスカが、また生贄になれるのか?という疑問が残ります。

この点につきましては、実はベルセルクコミックの第3巻の『欲望の守護天使(5)』で、ナメクジの使徒である「なめくじ伯爵」が、ガッツに殺戮されそうになったことを契機に、伯爵の生(せい)への渇望が空間を開いて、5人のゴッドハンド集わせる場面があります。

つまり、ナメクジ伯爵に対する降魔の儀を執行するためにゴッドハンドが集います。

そして、降魔の儀に必要な生贄として、ガッツを捧げることを伯爵がゴッドハンドに提案する場面があります。

けれど、ゴッドハンドたちからは、ガッツがすでにグリフィスの降魔の儀において、新たなゴッドハンドであるフェムトに転成するときの生贄として捧げられたものであるから生贄の対象にはできないということを述べています。

よって、その例外がないとなれば、ガッツが転成するときに、キャスカを生贄にすることはできないことになります。

降魔の儀での生贄とは、単なる血や肉の塊ではなく、転成の対象となるものの心や自身の一部ともいえるほど大事なものです。言い換えると、自分の子供、妻、肉親、恋人のように、代えがたき者またはそれに準ずるものでなくてはならないはずです。

では、ガッツにとって、この条件をクリアする存在というのは一体誰になるのでしょうか?

天涯孤独のガッツに肉親は居ないしな?妖精パックの故郷であるエルフヘルムを目指しているキャスカを含むご一行全員(以下「キャスカたち」)かもしれません。

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そう思ったのですが、1人だけ、そう1人だけガッツには肉親がいました。ガッツとキャスカとの子供(幼魔)です。ですが、この幼魔は、ベルセルクコミック第20巻『イディア影③』にて卵の使徒に飲み込まれてしまい、グリィフィスが受肉して新生グリィフィスになるときの器になっており、現存しておりません。

また、生贄を差し出すときには、捧げる者の心が瓦解(がかい)するほどの、大きなショックを本来伴うわけです。

ですが、ガッツは、その子に対して、そのような愛情が湧くでしょうか?幼魔であるが故、異形の赤子としてキャスカが早産してその赤子を産み落としたとき、ガッツはその赤子を殺してしまいたい衝動に駆られた位ですから、ガッツがその幼魔に愛情を注げるかというとその辺りの疑問は残ります。

しかし、この幼魔は黒髪の少年として、その出生は不明ですが、ガッツやキャスカの前に出現する親思いの少年という出で立ちで登場しているという声が掲示板ではよく出てきます。この黒髪の少年に対してはガッツは好意的という印象を持つ人が少なくないみたいですし、また、父親の愛情というものを経験したことのない者が、父親になれるという実感を伴(ともな)ったとき、その愛情は普通の親が子に対して抱く愛情よりも激しく大きいものということは、考えられないでしょうか?

例えば、山田洋次監督の映画『幸せの黄色いハンカチ』の主人公である高倉健演じる島勇作が、自分の子を授かったと知ったとき、親を知らずに育ってきたので、天にも昇るほどに嬉しかったという件(くだり)があります。

このことから、もしかしてガッツにもそのような感情が、自分の子供である幼魔に対して湧くようになるかもしれません。

ガッツが、ベヘリットの単なる運び屋で終わってしまうというのでは、話としてあまりにもおそまつな気がします。

そして、何のためにベヘリットが、ガッツのポシェットに居いるのかという疑問が残ります。

このため、ガッツはきっと転成し、自分にとって一番大事なもの(まだ未定ですが)を生贄として捧げることになるのではないかという思いが、僕の中では、ふつふつと沸いてくるのです。

そして、転成後、ガッツは、自分もグリフィスと同類であり、最愛のものを生贄にしてしまったことで、激しい自己嫌悪に陥いるという展開になるのではないかという気がします。

また、ガッツとグリフィスと戦いの場面は、絶対に避けることはできないでしょう。

戦わなかったら読者が怒るのは目に見えていますからね。

なので、ガッツは、グリフィスへの復讐を最終的には、果たすことになると思います。

しかし、それでも怒りを止められないガッツは、その怒りの矛先を今度は、ゴッドハンドよりも上位に位置する『見えざりしもの』、つまり『人が持つ源形(イデア):欲や願望や業といった人が持つ精神世界のうねりによって生じた存在主』に向けるようになり、このイデアと最終的に戦うことになるのではないかという気がするのです。

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5-4.神様の嘆き

その結末についてですが、話を一端切ります。

昔、僕が聞いた話で、何故神様は、人を創りたもうたのかという話がありました。

それは、神様が一人で寂しかったため、自分と同じように考え、かつ創造することのできる能力を持つ存在者が欲しかったからということでした。

しかし、神により創られし人は、次第に自我に目覚め、自分のことしか考えないようになります。

そして、戦争など、この世の地獄と思われるようなことを平気でするようになってしまいました。

それを見ていた神は憂い、嘆き、悲しみました。

それで、この地に自然災害を起こすことで、他人を思いやることのできる者のみを助けようとしました。

そうノアの方舟(はこぶね)って聞いたことがあなたもあると思います。

そして、このノアの方舟に乗船することから漏れた者、つまり、自己愛だけが強く、他人を思いやる気持ちの無い者が、死んでできた怨念の塊の世界、それが、地獄であったということです。

その話の通りであるならば、この地獄というものが、ベルセルクでいうところの『見えざりしもの』になるわけです。

この見えざりしものは、幻の第83話にて、自分が地獄であるということを次のように述べて認めています。

『グリフィス:神・・・これが・・・

ゴオオオ・・・

人が・・・人が神を生み出したというのか? 人が望んだというのか?
こんなおぞましいものを ここは・・・ここは・・・まるで・・・地獄

源形:そう呼ぶ者もいる
地獄・・・
ここは幾重にも重なる 全体意識の一側面に過ぎない
だがお前は知っている ここがどれだけ人間らしい領域であるかを
人間という種の本質に従い 我は一人一人の運命を紡ぐ』~

この件(くだり)から考えると、ガッツは、地獄のはてまで戦うことになるのかもしれません。

そして、これを見ていた天地創造の神が、人というものを創造してしまったことに嘆き悲み、とうとうガッツと見えざりしものを途中で切ってしまった。

それが、イメージとしては、最初に私がこの記事で述べたように、TVのスイッチをプツンと切ったような形で終結するのではないのかなぁという気がしてしょうがありません。

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6.まとめ

多くの人が、ベルセルクの最後は、ガッツが、グリフィスと戦って勝利して終わり、という場面を想像しているのではないでしょうか?

ですが、それではありふれており、読者や視聴者たちの考えていたものと大きく乖離して終結することができません。

即ち、ベルセルクファンを驚かせた内容で、ベルセルクを終結することができないということです。

また、グリフィスにガッツが復讐を果たしたことで物語が終わってしまったとしたら、その後のガッツはどうなるのか?という疑問が残ります。

ガッツは戦うことを最後まで求められるベルセルク(狂戦士)です。

なので、ガッツという存在が、たとえどんな形でも存在する限り、ガッツは、誰かと戦い続けることになります。

そうすると、本当に終わりのない物語になってしまう気がします。

このため、ベルセルクを終わりにするには、ガッツが誰かと戦いながら、自分も死んでいく。

そのようなストーリーにするしかないのかなぁ?と思いながら今回の記事を書きました。

今日も僕のブログ”【そあかん】ベルセルク漫画アニメ映画まとめブログ”にご来訪頂きありがとうございました。

これからも頑張りますのでお付き合いのほどよろしくお願い申し上げます。

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コメント

  1. Hiro より:

    ガッツが使徒になる可能性はかなり低いと思います。

    ガッツの使徒への恨みというものは相当なものがあると思います。
    例えゴッドハンドを倒す力を手に入れられるからといってもです。

    仲間を無残に殺され、その後も復讐の道のりの中使徒の屍を重ね続け、しかし最終的にガッツがその使徒になるというのは、滑稽であると思えてしまいます。

    ではベヘリットは誰が使用するのかというと、キャスカだと考えています。

    キャスカの記憶が戻ったとき、グリフィスの元に行こうとするキャスカを切れたガッツがボコボコにします。それだとガッツの評価がだだ落ちなので、もしくは、キャスカの記憶が戻りグリフィスの元に行こうとする事を予見していたグリフィスが迎えの遣いをよこし、それらとガッツが交戦している最中でキャスカが巻き込まれ瀕死の重傷を負い、ベヘリットが発動するというものです。

    去ろうとしている場所を生贄に捧げるのは動機としては弱いでしょうか。

    しかし、妖精の国やガッツ一行を生贄に捧げる展開へと流れていけば、その内容の濃いさは凄まじいものとなると思います。キャスカ自身使徒となれば、並みの使徒以上の実力は備わると思います。

    そして、悲しいかな鷹の団復帰となります。珍しい女性使徒でもあります。

    もう少し考察の余地はあると思いますが、今の段階で考えられる事はこのぐらいです。

    • soakan より:

      Hiroさま

      うーん面白い。

      そういう見方もありますか。

      キャスカが使徒になる。

      これはガッツのポシェットにベヘリットが収まっていることからすると、
      非常にキャスカが使徒となる可能性が高まりますね。

      なぜならばキャスカとガッツとが同行している関係で両者の至近距離が極めて近いため、
      ベヘリットが確実にキャスカのもとに届くと思われるためです。

      斬新なアイディアに脱帽です。

      キャスカが使徒になるときのニエは現在のガッツご一行でしょうかね。

      するとガッツは二度蝕を経験することになると思いますが、そのような発想を
      した人はまだいまのところ僕はしりません。新規性があり、非常に面白いと
      思います。

      またお気づきのことがありましたら教えてください。

      ありがとうございました。

  2. クロワッさん より:

    ベヘリットは所有者の因果によって発動するものなのでゴッドハンド以外の登場人物なら誰でも使用してしまう可能性はあると思います(本人の意思に関わらず)

    ガッツ使用:キャスカ死亡とかで有り得そう、しかしガッツには仲間達(ファルネーゼ      等)を生贄に捧げる事は出来ないでしょうから可能性は低いと思う。

    キャスカ使用:精神崩壊治療後それに耐えられず有り得そう、その時はガッツを除いた
           仲間たち(ファルネーゼ等)を生贄に捧げようとするはずでガッツは一       瞬でキャスカを殺すかor仲間達を守るかの選択を強いられることになる       と思う。恐らくガッツはキャスカを・・・

    ガッツパーティーで他に使用する可能性があるのはファルネーゼ死亡で絶望したピコリンくらいか?しかしこれはちょっと物語的に意味がないので不可?
                

    • soakan より:

      クロワッさんさん
      貴重なご意見に感謝します。
      ベヘリットの真の所有者としてキャスカとピコリンですか。
      思ってもいなかったので新鮮な感じを受けました。

      ガッツのポシェットに入っているベヘリットであるので、ガッツかその住人のパックという
      イメージがいつの間にか私の頭の中に出来上がってしまったきらいがあります。

      その石頭に違う感覚を呼び込んで頂き感謝します。

      これを契機にガッツが持っているベヘリットの真の所有者が誰なのかの新しい息吹を吹き込みたいと
      思います。思いつくといいのですが。。。

      そうなれば誰もがあっと驚くような展開を予想できるかもしれないです。

      また宜しければコメント頂けると嬉しいです。

      辛辣なものであるほど新しいアイディアが浮かぶきっかけになると自分では
      思っております。

      ですので、どうぞご遠慮なくどんどんばきばきご意見をお寄せ頂けると
      嬉しいです。

      では失礼します。

  3. カラカラ より:

    ガッツが使徒やゴッドハンドに転生することは絶対ないでしょう。
    ただの人間であるガッツがボロボロになり迷いながらも自分と仲間を見捨てず化け物共に挑んでいるからこそ、この漫画は面白いのであり話が成り立っている。
    捧げ物をしてガッツが超常の者になるようならはっきり言って怪獣同士の戦いになり興醒めです。ガッツが目からビームとか放つシーンは見たくありません。
    髑髏の騎士が言うようにガッツは人間のスタンスから化け物共に挑み、物理的にも精神的にも、もがく者だと思います。さらに言えば人間のまま化け物共に挑むために、その道程でドラゴン殺しを携え、狂戦士の甲冑を着込み、仲間を得たのでしょう。
    ベヘリットとは深淵に至るための呪物。あるいは五人の御遣いであるゴッドハンドを呼び出すためのアイテムです。
    現在ガッツが持っているベヘリットは誰かが使徒に転生するための伏線として所持しているのではなく、ゴッドハンドや深淵の神と対峙するために所持している伏線でしょう。
    これを使用するためにはガッツもしくはキャスカ、あるいはパーティーの誰かが絶望的な状況に追い込まれるとは思いますが………

    ベルセルクの最後のシーンはグリフィスと対峙して勝利する。
    主と同じ考えですが、そんなチープな終わり方はしないと思います。
    ガッツはきっと何かに挑み、戦い続けてるようなシーンの終わり方をすると私は考えてます。
    それは超常の者達なのかそれともガッツ自信かもしれませんね。

    • soakan より:

      カラカラ様
      そあかんです。

      貴重なご意見とても面白く拝見いたしました。

      そうですね。
      確かにガッツが人でありながら魔物達を退治することが面白くて四半世紀以上もの年月を経ても
      ファンが絶えないと言えるかもしれないなと思いました。

      桃太郎みたいな立場にあるのがガッツと考えれば分かりやすいかもしれません。

      これからもどうぞ貴重なご意見をお待ちしております。

      辛口でも結構です。

      コメントを頂けると大変嬉しいです。

      ありがとうございました。

      失礼します。

      • カラカラ より:

        そあかんさんと同じで、ベルセルクは大好きな漫画です。
        ストーリーもさることながら画力もすばらしく、キャラクターの心模様も共感できるところが多々あり、この先どうなるのか、散りばめられた伏線も気になって、何度読んでも読み飽きないですね。

        発刊ペースは遅いですが、それでも新刊が出るたびに楽しみです。

        読者一人一人、作品に持っている感想や考え方は違うものだと思いますし、それでいいと思います。
        そあかんさんの考察もとても面白く読ませてもらいました。
        これからも沢山の記事を書いて下さい。そちらの方も楽しみに待っています。

                       カラカラ

        • soakan より:

          カラカラさんの思考は私の思いも寄らないことが多く、とても勉強になります。

          83話の欠番については確かに仰せの通り、83話以外にも神や悪魔のようなもの、
          宗教的な描写は多々ベルセルクに存在しているいことを考慮すると、
          バランスに欠けるかもしれません。

          記事が割愛される理由は、政治的な理由とかそのときの出版社の社内における雰囲気とか
          一般には知れない理由があることも確かです。

          まぁ私の83話欠番理由についてもそのような考え方もあるという程度でご自身の想像力を
          遺憾なく発揮されて自分がまず楽しむことができれば、それが一番という気がしています。

          またお気づきの点があればご教示いただけると励みになります。

          今回も貴重なコメントを頂き感謝します。

          ありがとうございます。

        • soakan より:

          カラカラさん
          立て続けにコメントを頂き感謝です。

          私はベルセルクを読み始めたのが、数年前でした。とうに50歳を過ぎていたのですが、たいへん面白く
          それまでの既刊本を一週間ほどですべて読んでしまいました。

          また、ブログを書く関係で、その後も数回読みましたが、
          カラカラさんのおっしゃるとおり何度読んで面白く、読む回数が進むにつれて、画像にもゆっくりと目が行くように
          なり、三浦先生の画力にはただただ圧倒されました。

          そして、そのたびに発見があり、すごいなぁと何度
          つぶやいたでしょうか。

          今後も読者の皆様に読み応えのあると言われるような記事を提供させて頂きますので、
          応援のほどよろしくお願い申し上げます。

          ありがとうございました。

          失礼します。

  4. まふまふ より:

    ガッツのベヘリットは髑髏の騎士が食べてなくなるよ

  5. 山下 より:

    ガッツは因果律の糸で結ばれていないため、使徒にはなれないはず。まあ、このままだと勝てないのは確かなので、他の方法でパワーアップするんでは?

    • soakan より:

      確かにガッツは律のものではないと思います。

      ですが、使途にはなれると考えます。その理由は2つです。

      ①ベルセルクコミック第26巻の『黄泉のほとり』にてゴッドハンドの一人であるスランからガッツは『あなたも捧げてみる?』『彼のように』といわれています。
      ②ガッツのポシェットに入っているベヘリットはゴッドハンドになるための真紅のベヘリットではなく使徒になるためのベヘリットである。

      もっとも②のベヘリットがガッツ専用のものか同居人の妖精パックのものかは不明です。なので、慣れないかもしれない要素を含みます。