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【ベルセルク】三浦建太郎別作ギガントマキアのあらすじと感想

今回は、【ベルセルク】三浦建太郎先生の別作であるギガントマキアのあらすじと感想について述べてみました。

1.主な登場人物

1-1.泥労守 (デロス)

本作品の主人公です。非常に恵まれた体格であり、身体能力が人間よりも優れている亜人族(ミュー)の攻撃に対しても、それを受け切るほどの驚異的な耐久力を有します。

戦闘形態はプロレスそのもので、相手の攻撃を受けた上で反撃するスタイルをとっています。

投技を始めとして、返し技や固め技も得意とし格闘能力は高いです。そして、 泥労守は、プロレススタイルで戦うことを烈爽(レッソー)と呼んでおり、また裂爽をやってのける者を烈修羅(レスラ)と呼んでいます。

【泥労守】

1-2.風炉芽 (プロメ)

弱いけなイメージがある小さな体の精霊(カー)の少女です。身長は泥労守の半分、体重は5分の1ほどしかないように思われます。しかし頭脳は明晰であり、淡々と状況を分析して様々な提案やアドバイスを泥労守にします。知識豊富で特別な力を持ち、物事に冷静に対応する能力があります。

【風炉芽】

1-3.雄軍(オグン)

亜人族(ミュー)の一人で体皮のほとんどが硬質化している聖虫(スカラベ)族の戦士です。泥労守よりもさらに巨体であり、その巨体から繰り出される攻撃は、技術も何もない単純で原始的な技が多いです。

ですが、どの技も生身の人(ヒュー)族では耐えられない凄絶(せいぜつ)な戦闘能力を有します。いかつい外観とは裏腹なところもあり、戦闘前の泥労守に対して水を与えたり槍を渡したりするなど、優しい一面もあります。

【雄軍】

1-4.豊穣神発肥(ほうじょうしんはび)すなわち芽慰痾(ガイア)

原始神より生じた数多(あまた)の神の中で聖虫族がいる大砂漠に生命の息吹を齎(もたら)せた一柱であり、聖虫族の神殿に祀られている神のこと。泥労守と風炉芽は、芽慰痾(ガイア)の肉片 巨人と呼びます。

【豊穣神発肥】

1-5.聖虫族の族長

聖虫(スカラベ)と人との間に生まれし民であり、代々最も聖虫の血を濃く継ぎ、総ての虫を率いる存在です。旧世界における技術であった生体スレイブによる電波通信網を遺伝により受け継いでいます。そのため、虫の目を通して物を観ることができるという特殊な能力を持ちます。

【聖虫族の族長】

1-6.帝国の巨人(タイタン)

甲虫(こうちゅう:カブトムシのような硬い外皮と柔らかい内皮とを有する虫)族の神木、芽慰痾(ガイア)を奪いに中世ヨーロッパ風の帝国の人(ヒュー)族たちが引き連れてやってきた巨人のことです。聖虫族の敵です。

【帝国の巨人タイタン】

1-7.轟羅(ゴーラ)

泥労守の変身系であり、身長は53mあります。人間であるときの泥労守と同様、繰り広げる技は、プロレスラーの技そのものであり、帝国の巨人タイタン相手に繰り広げる技には圧倒されます。

【轟羅】

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2.あらすじ

物語は謎を秘めた不思議な少女の風炉芽(プロメ)とプロレスラー然の風体をした泥労守(デロス)とが広大な砂漠を旅している場面から始まります。

【大砂漠を旅する泥労守と風炉芽】

本当のところは定かではないですが、風炉芽がいうには、視界確保と泥労守を日射しから守るためという理由で、風炉芽が泥労守の背中に起立した状態で泥労守が砂漠を進行しています。

砂漠にあるオアシスに擬態した巨大な鮟鱇(あんこう)のような生物(砂鮟鱇)に泥労守が捕食されそうになります。

【砂鮟鱇に補食されそうになる泥労守】

ですが、突如現れたこれまた巨大な甲虫らしき魔物に乗った砂漠の騎甲虫(きちゅう)民族である聖虫(スカラベゾク)族たちに泥労守と風炉芽とは捕獲されてしまいます。

【巨大な甲虫に乗った聖虫族】

そして、泥労守と風炉芽は、聖虫族の部落に連れて行かれます。泥労守は、そこにあるコロッセオのような円形闘技場において、聖虫族の英雄戦士の雄軍(オグン)と決闘することを強要されます。

聖虫族は、甲虫の特性を持った亜人(ミュー)族であり、その硬い肌や筋力などは、人(ヒュー)族を身体能力的に超越しています。よって、この決闘は、亜人族と人族との戦いといいながら、実は人族に代表される泥労守の死刑執行といえるものでした。

ですが、雄軍は泥労守に負けない自信があるためでしょうか、泥労守に武器の使用を認めます。ですが、泥労守はそれを断って雄軍と素手で勝負します。

泥労守の死刑執行を観に来た聖虫族によって埋め尽くされた円形闘技場の観覧席は、人族に敵意を抱く聖虫族の大衆で埋め尽くされます。そして、泥労守と風炉芽への憎悪と殺意とによる怒号が飛び交わるのでした。

それだけでも平静ではいられない状況にあるにも拘わらず、泥労守は萎縮(いしゅく)することなく、戦闘の準備のために着衣を脱ぐのでした。その姿は、闘士を彷彿とさせるものでした。

泥労守と雄軍との決闘が開始されます。

【泥労守と雄軍との死闘】

雄軍は、泥労守よりも生物的に能力も体重も上と思われ、さらには硬質化した皮膚を有します。よって雄軍は、身体能力が泥労守よりも上回っていると思われるのですが、泥労守は、雄軍の攻撃をすべて強靱な肉体で受け切ります。

【雄軍の攻撃を素手で受け切る泥労守】

しかし、泥労守は、雄軍に繰り返し殴られても怯(ひるむ)ことなく戦いに挑みます。その姿に、それまで泥労守に対して殺意を抱いていた聖虫族の観衆は、泥労守の戦いぶりに感動したのでしょう一転して泥労守に向けて歓声を上げます。

そして最後に泥労守は、ジャーマンスープレックス・逆エビ固め・パイルドライバーで雄軍と戦い雄軍に逆転勝ちしたかのように見えました。

【ジャーマンスープレックス】

【逆エビ固め】

【パイルドライバー】

ですが、泥労守は最後まで立っていることができず、結果的に両者は相打ちになります。

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人族である故、聖虫族よりも遙かに身体的に劣勢であると思われながら、雄軍と互角に戦った泥労守の死闘に聖虫族の観客達は圧倒されるだけでなく感激し、戦士と観客とが闘技場において一つの熱い大きなうねりになったのです。

【大きなうねりになった闘技場】

そして、泥労守と風炉芽は共に聖虫族に受け入れられ、客人として迎えられることになります。

その二人に対して、雄軍は、聖虫族が大砂漠で神と共に生きる民であること、帝国との確執から、たとえ一族根絶やしになっても自分たちの誇りや神のためには、帝国と戦う運命にあること泥労守と風炉芽に話します。

そんな中、帝国の人族が、聖虫族の御神木である豊穣神発肥(ほうじょうしんはび)すなわち芽慰痾(ガイア)の肉片を奪いにやって来ます。

【聖虫族を倒しにきた帝国の人族】

帝国の人族は、カタツムリを大型化したような生物に乗って移動します。さらには、火を噴く大タコの化け物と、テレパシー的な能力で操られかつ峰綸保主(オリンポス)より賜ったとされる巨人兵器「タイタン」を引き連れて来ます。

【巨大なカタツムリ】

【大タコ】

【タイタン】

芽慰痾(ガイア)は、すべての生を育むものであり、芽慰痾が失われてしまった地では、生命そのものが生息できなくなるとのこと。このため、帝国の人族による行為で芽慰痾が聖虫(スカラベ)族から奪われることを泥労守は見過ごすことができず、泥労守は風炉芽と合体して覚醒します。

【合体する泥労守と風炉芽】

そして覚醒したその姿は、まるでロボットのような巨人でした。巨人轟羅(ゴーラ)が顕現したのです。

【轟羅顕現】

轟羅は、超靭な炭素繊維とスピドロインにより編み上げられた膨大な筋肉の持ち主であり、この筋肉は、硬度18の超鉱オリハルコンの骨格によって支えられています。

たぎる血潮は神秘の神酒ネクタルそのものであり、黒煙にそびえる身長53mの白亜の巨躯によってその勇姿を現したのです。

この轟羅と帝国の巨人兵器「タイタン」との間で遂にギガントマキア(巨人戦争)が始まろうとしていました。

【轟羅とタイタンとの戦い】

その戦いぶりもまさにプロレスの戦いといえる格闘シーンが展開されます。「レスラは苦痛(いたみ)と喚声(かんせい)を喰らって、最大の力を爆発させる」という泥労守の発言通り、超巨人同士の場合でもしっかりとその戦いぶりが反映されました。

轟羅は、両腕両足から煮怒炉峰久為流(ニトロネクタル)を合成し、それに点火することでロケットエンジンが噴射する如く自身が発射することができます。これにより轟羅は、プロレス技ライアートやギロチンドロップに勢いを付けることができ、結果、タイタンを圧倒するのでした。

【ラリアートに勢いを付けるためのロケット噴射】

【タイタンにラリアート炸裂】

【足からロケットエンジンを噴射させてギロチンドロップに勢いを付ける】

【タイタンにギロチンドロップ炸裂】

さらには、轟羅は、背中から大量の蒸気を噴射して飛びまくったりできます。

【背中につけたロケットンジンによって空中を飛ぶ轟羅】

ロケットエンジンが噴射するなどということは本当のプロレスにはないものですが、轟羅の飛翔により、タイタンとの超劇的な激しいバトルの展開を轟羅は招来するに至ったのです。

そして、空中高く飛んだ轟羅は、最後にタイタンに対して怒炉守落(イカロスフォール)をお見舞いすることでタイタンを倒し、結果、帝国軍の人族が逃げ惑うことになります。

【イカロスフォール】

しかし、彼らに積年の恨みを持つ聖虫族たちは、人族を生け捕りにして、彼らがした過ちをその体を持って償わせようとします。

そのとき聖虫族の前に轟羅から人に戻った泥労守が跪(ひざまづ)き「この人たちを生かしてやっちゃもらえんでしょうか」と土下座します。

ですが、聖虫族の族長は、「泥労守がヤツらを庇う理由は同じ帝国の人間だからか?~じゃがヤツらは殺しすぎた。あまりにも非道すぎた。我らには復讐の権利がある」と一蹴します。

その痛切な心情の言葉に対して泥労守は言い返すことができません。そのときに泥労守の背後にいる帝国の兵士たちからこぼれる「お母ちゃん」という声がしました。

その声に対して泥労守は歯ぎしりするしかなかったのですが、風炉芽が泥労守に加勢し、聖虫族の実り多き豊穣の未来の招来と引き換えに聖虫族を説得することに成功したのです。

【聖虫族の豊穣の未来】

そして、その後も泥労守と風炉芽の旅は続き、次回の展開に余韻を残して終了します。

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3.感想

ギガントマキアは、ヤングアニマル2013年23号~2014年6号にまで掲載された連載漫画で、作者の三浦建太郎先生が、彼の代表作ベルセルクを休載してまで描いた作品です。

ベルセルクと同様、画集といってよい程緻密かつ精細で読者を圧倒させるというプロレス物語といってよいでしょう。

しかしながら、ベルセルクファンからは、ベルセルクの終わりを妨げるだの云々と言われていたようです。ですが、僕的には、天才三浦先生の別作を読めるならそれもいいやと思いました。

長期連載はくたびれるし、浮気心も浮くだろう、息抜きにもなるかなと想像しちゃうわけです。

でも描かれている作風は、息抜きって描き込みじゃないですよね。

ダイナミックなところはベルセルクと同じと思われます。

ベルセルクとの違いは、ギガントマキアは、清々しい感じを与える内容となっていることだと思います。

説明しづらい物語という感じはしましすが、コミックスとしての見どころは、単純明快であり、本格的な格闘漫画です。物語は大きく二つに分けられ、前半の格闘シーンと、後半の格闘シーンとからなります。

いずれも主人である公泥労守(デロス)が戦闘するシーンですが、前半は泥労守の戦闘形態が人間であり、後半は彼が巨人に変化して戦うというものです。

但し、コミックスを読み始めた時、僕は、題名のギガントマキアの意味さえもわからず、それ故にテーマが何かもあやふやで数回読んでやっと理解できたという次第でした。

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ギガントマキアの意味が、巨人同士がプロレスラーの如く素手だけで戦う巨人戦争物語だったとコミックスを読み進めて行くうちにわかったわけですが、初めて読んだときの感想は一貫して凄まじい感じしかせず、三浦先生は何を我々読者に投げかけているのか不明でした。

また、単行本での読み切りを想定していたためでしょうか?早いテンポで物語は展開して行きます。特に物語後半の帝国の巨人との戦いでは、見開きページを豪快に使いながら、あたかも映画のような迫真にせまる戦いが繰り広げられます。

ベルセルクのガッツとゾッドとの剣の丘での対決【コミックス第22巻参照】には少し及ばないとな思いましたが、見事な激闘シーンであったと思います。

但し、当初巨人たちが登場していなかったためでしょうか?僕には巨人同士の戦いが繰り広げられる物語だということにガテンが行くまでにある程度の時間を要しました。

また巨人同士の戦いがテーマでありながら、巨人同士の戦いが、轟羅とタイタンとの戦い一回で終了するのは少し残念に思いました。轟羅にはもっと多くの別の巨人と戦う場面が本テーマから言ったら必要ではないかと感じたからです。

それ以外にもカタカナが振ってないと読めない字が多数あったこともこの物語を読んで難しいと感じた一因だと思います。

さらに、ギガントマキアにはSF調の世界観があります。加えて巨大な昆虫や魔物が横行するイメージがあるためでしょうか?気持ち悪さを感じますが、ベルセルクのような暗い感じではないと思いました。

なお、ギガントマキアの紹介文ではこの辺りのことを次のように書いてあります。

数億年に一度繰り返される地球規模の大災厄の彼方。その変わり果てた世界を舞台に語られる生命群の激突。神話の巨人を擁する帝国に、ただ一組の男女が挑む。男の名は「泥労守(ルビ・デロス)」、女の名は「風炉芽(ルビ・プロメ)」。彼らの目的と、この世界の成り立ちとは…?圧倒的な想像力と筆力で描かれたSFロマン開幕!!

この文章から物語自体は、今後も話を続けられるような気がしますし、泥労守と風炉芽の関係や彼らの能力の発現の仕方など、まだ説明されていない部分も多いですから、それらを明らかにしてほしいですね。

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また、作者の緻密な画風で描かれるバトルは、泥労守が人間形態であっても巨人形態であっても、その繰り出すプロレス技には極めて迫力があると評価できると思われます。このように描写できるのは三浦先生が大のプロレスファンであるからでしょう。

ギガントマキアはプロレスという格闘漫画ですが、当時のコミックスの帯には、三浦先生の言葉として、「脳細胞が老いる前に、やっておかねばならないことが在る!!」と力強く書かれており、先生の好きなプロレスと掛け合わせているように思いました。

ベルセルクをずっと描き続けているうちに、爆発力の大きなプロレスという破壊スポーツをベースとした本作品がアウトブレイクして出来上がったのではないでしょうか。

さらに、ベルセルクにも共通する事項ですが、作者のロリータ的な趣味が風炉芽の服装に反映されているきがしました。

風炉芽は薄いワンピース一枚ではためくように動き回りますし、戦いで消耗した泥労守の体力回復方法が滑稽です。風炉芽のオシッコが使われているのか?と勘ぐりたくなるような設定になっていますが、これって作者の趣味とおぼしき感じがしました。

三浦先生がその趣向に合わせて描いた作品がこのギガントマキアと思うのですが、あなたはどのように感じられましたでしょうか?

笑えた場面として、風炉芽は自分が接触したものを治癒できる能力を有しているのですが、体内で醸成した体液(オシッコ!?)を使うと更に治癒できるようです。その結果、雄軍との戦いで疲れ果てた泥労守にまたがって、「放出口は泥労守の頭上にある」と言った場面は滑稽でした。

さらにまた、泥労守が「自分にはもったいない最高の女神様ッス!一生ついてくっすよー」と風炉芽を褒めると、風炉芽は照れるのですが、そのテレ顔を見せたくないからスカートを大きく広げ、体温調整中と称してスカートの中に隠れてしまった場面は、風炉芽の可愛らしさをアッピールしているように思え、”にやり”としてしまいました。

このようなホンワカした点やコメディータッチな部分も多い本作品ですから、ギガントマキアは、重いストーリーではありません。

「ベルセルクを投げ出してやることか?」という批判もあるようですが、読み物としては面白いんじゃないでしょうか。

オススメの作品だと思いますよ。

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4.まとめ

いかがでしたか?

 

今回は、三浦建太郎先生の別作『ギガントマキア』について紹介致しました。

 

今回の紹介で、ギガントマキアについて興味のある人やもっとギガントマキアについて知りたいと思う方への情報として、そこそこご理解頂けたのではないかと思います。

 

ぜひ参考にしてみてくださいね。

 

今日も僕のブログ【そあかん】ベルセルク漫画アニメ映画まとめブログにご来訪頂き本当にありがとうございます。

これからも頑張りますのでお付き合いのほどよろしくお願い申し上げます。

 

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