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ベルセルク完璧な世界の卵の『生贄』ってとどのつまり何だったの?

今日は、ベルセルクの使徒の一人(一匹?)である”完璧な世界の卵(以下「卵の使徒」) ”にとっての生贄と卵の使徒の望みについて考えたいと思います。

Apostle of eggs

卵の使徒について、僕は最初、これが使徒であるということさえよくわかりませんでした。つまりどういう因果関係があって、何とどういうつながりがあるのか疑問だらけでした。

その理由は今になってわかりましたが、生贄の定義が僕の中で不確定だったからということがわかりました。

そこで、今日はそのあたりについて明確にすべく考察したいと思います。

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1.卵の使徒は、よくわからん!

卵の使徒については、掲示板などを見ても、それ自体がよく分からないということで質問される方が結構いるように思います。

これまで僕は、使徒に転成するには、自分の分身ともいえる程に大事な”人”、例えば、家族とか、子供とか、親とか、恋人とかを、生贄として捧げることが絶対条件だと思っていました。

なので、家族や恋人など自分にとって掛け替えのない者がいない卵の使徒については、どうなんだろうと疑問に感じていました。

それは多くの読者にとっても同じだと思います。

2.卵の使徒は例外?

卵の使徒は、物心ついたときは、地下でうじ虫やネズミと一緒に喰いかすをあさっていました。

そして、自分が誰であるかを教えてくれる者さえ居ない環境にありました。

彼にあるものといえば、それは、高い空と、天空にそびえる黒い影のアルビオン修道院と、身を切る寒さと、飢えと、ベヘリットだけでした(コミック20巻『底の底の知られぬ者』の節をご参照ください。)。

自分が誰であるかということもわからず、彼の存在さえ誰にも知られずに地下深くにいました。

このため、当然ながら、親や子も妻もない生涯独身の身でした。

幸か不幸かガッツには、育ての親であるガンビーノとその妻シスがいました。

そして、シスが死ぬまでは、ガッツはシスの愛情を受けていたように思います。

ですが、卵の使徒の場合は、そのような人が皆無でした。

なお、卵の使徒になる前の某(なにがし)は、彼が生まれて間もなく捨てられた、という内容の掲示板への書き込みがあります。

しかし、乳幼児は、乳しか飲めません。ですので、ある時点までは、彼を育ててくれた人がいたのかもしれませんが、その点は原作でも不明です。

このため、卵の使徒は、人が転成して使徒になるための絶対条件として、多くの読者が考えていたと思われる自分の分身に相当する最愛なるを生贄とし差し出すことができない境遇にいました。

それにも拘わらず、彼は使徒に転成することができた。

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3.なぜ卵の使徒は転成できたのか?

それは、転成の定義についての少なくとも僕の理解が違っていたと解釈するしかないという思いに至りました。

つまり、本人にとって掛け替えのないものであればよく、それは必ずしも自分の分身といえるで無くてもよかったということになると思います。

では、卵の使徒にとって掛け換えのないものとは一体何だったのでしょうか?

そして、この掛け換えのないものと引き替えたいと思うほどに価値のある卵の使徒の望みとは何だったのでしょうか?

4.卵の使徒にとって掛け替えないものとは?

卵の使徒にとって掛け替えないものとは、自分の命でした。

自分の命を生け贄にすることが、なぜ掛け替えのないものかということについては、説明するまでもないでしょう。

但し、実の子がいる人ならば解ると思いますが、自分の子供は自分の命よりも重い。

自分の子のためなら死ねるという親は一杯いると思います。

なので、子を基準にそれを第一儀的に大事なものとすれば、その場合、自分の命は、二番目に大事になるわけです。

ですが、子供がいない人にとっては、自分の命が一番大事です。

このため、家族のない卵の使徒にとって、掛け替え無いものは、自分の命でした。

なお、卵の使徒自身が生け贄であると僕が考えた根拠は、彼の舌ベラに烙印が刻まれているからです(コミック第20巻『底の底の知られぬ者』の節および『イデアの陰③』をご参照ください。)。

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5.卵の使徒にとっての望みとは?

では、卵の使徒の望みとはなんだったのでしょうか?

それは、彼の理想とする世界の実現でした。

彼は、これまで、自分が誰かもわからず、彼の存在さえ誰にも知られずに地下深くに住んでいました。

けれどあるとき、地上に出て人間を覗きに行ったとき、彼を見つけた住民たちは、彼を忌み嫌い、彼に石を投げ付け、彼を地下に追いやり迫害しました。

そのため、卵の使徒のこころは、ひどく傷つきます。

こころの内に込み上げる激しいものは、怒りと、哀しみと、そして恐怖であると、彼は理解しました。

そしてさらに、彼の住む地下深い洞窟は、アルビオンで暮らしていた住民たちが、死体を投げ入れる、墓穴のような存在とされてしまいました。

そのため、彼は、骸(むくろ)に埋もれ、骸に押し潰される人生を送るようになったのです。

人としての尊厳以前の問題といえるほどの惨(むご)い仕打ちをされたわけです。

なので、卵の使徒にとっては、アルビオンの住民達は、本来、憎悪の対象であったはずです。

彼が望んだのは、今あるこの世界を壊滅させること、そして迫害やいじめや差別のない世界、すなわち、完璧な理想郷としての世界(以下”完璧な世界”)の実現でした。

これは、新生グリフィスが自分の国を手に入れることと通じるところがあると思います。

卵の使徒にとって、”完璧な世界”の実現に欠くことのできないものが、彼が言った”最初で最後の欠片”といわれたものです。

ではこれは何か?1000年に一度ゴッドハンドのフェムトから受肉した光の鷹ことグリフィスのことです。

テレビアニメでは、卵の使徒が、『即ち・・・・神』といっています。

しかし、コミックスでは、この”神”のことばが割愛されており、『即ち・・・・』となっています。

神の語句をテレビアニメで加えたのは、多分制作者側の意図だったと思います。

神のことばが無いと、ベルセルクを初めて観る人にはわかりにくいという判断を制作者側がしたのではないかと思います。

グリフィスは、今の世界を根底から覆すことができるほどの超人的能力を持った神ともいえる現実世界での存在者であったわけです。現世において一人として並びえる者の無い存在主、まさしく絶対者です。

そして、グリフィス生誕のために卵の使徒は、自らが生け贄となることをゴッドハンドと降摩の儀において約束していたのだと考えます。

なので、卵の使徒の望みは、自分の命と引き替えにゴッドハンドの一人であるフェムトが、1000年に1度受肉して、新生グリフィスとなり、ファルコニアという理想郷を築きあげることといえます。

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6.卵の使徒とはどんな人だった?

この世で一番悲しく、辛く、人として恥ずべきことは差別だと、卵の使徒は、考えたのかもしれません。

そう考えますと、卵の使徒は、とても優しい人ではなかったかという気がします。

卵の使徒が、何らかの理由で手に入れたベヘリットが、卵の使徒になる前の某(なにがし)の心の慟哭により発動し、彼の目から血の涙を流し、それが契機となって、ゴッドハンドが卵の使徒の前に現れました。

そしてその時に、ゴッドハンドに対し、某は、ゴッドハンドに自分にとって掛け替え無いものが何であるかを示したはずです。

そして、その掛け替えのないものとして彼は、自分自身の命を生贄として捧げるといったと思うのです。

では使途になった某は、使徒になることで、どうやって自分が思い描いた既述の理想郷、”完璧な世界”の誕生の実現を考えたのでしょうか?

コミック第20巻『イデアの影②』の節において、卵の使徒のセリフに次のような一節があります。

『もう少し・・・』

『あと僅かで』

『私の命も尽きる』

『その瞬間(とき)こそが・・・』

『せめて最期は』

『頂から私の世界が滅び逝く様を見つめて・・・』

『もしも・・・』

『もしもあの拷問執行人達のように』

『私も何処かであの僧侶と出会っていたなら』

『私の生も今とは違っていたのだろうか?』

『私も互いに呼び交わし合う』

『何者かになっていたのだろうか?』

『だが』

『私は』

『出会わなかった』

『・・・いやむしろ』

『あの孤独の頂から世界を見下ろすためにこそ』

『私の生は在った』

『今はそんな気さえする』

『私にとって』

『見上げ続け・・・』

『見下ろすだけだった』

『この世界・・・』

『・・・・・・もういい』

『終わらせてくれ』

つまり、卵の使徒は、自分が使徒になる前から、グリフィスが1000年に一度の受肉をするために現れて、自分の理想とする新しい世界を作ってくれるであろうということを、ゴッドハンドから聞いて知っていた。

そして、グリフィスに期待していたものの、その理想郷を自分が使徒である間には、見ることができないことも知っていたと僕は考えるのです。

一方で、モズグスに出会えていたら自分の人生も変わり、自分の存在を証明できたかもしれないとも思っています。

誰にも知られずに、自分が死ぬことに対して、心残りがあったことを明らかにしているセリフだと思います。

でも、彼がモズグスに出逢うことはなかった。

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7.卵の使徒がルカをさらった理由は?

なので、卵の使徒は、ルカをさらうことによって、彼女に自分の心情を打ち明けたいと考えたのだと思います。

そのときにルカに対して言った卵の使徒のセリフが次のセリフです。

『誰でもいい・・・』

『誰かと・・・』

『俺が消える前に・・・』

『ただ・・・』

『話を・・・』

『・・・』

と述べています。

卵の使徒も元は人間です。

人は自分を無視されるのが一番つらい。

自身の存在の意義を真っ向から否定されるからです。

しかし、卵の使徒にとっては、これまで誰も自分の『存在』すら認めてくれる人がいなかった。

これは無視されるよりも辛い。何故かというと、無視は、その対象があることを前提にする行為です。けれど、自分の存在が認められないということは、無視の対象にすらならないからです。

8.卵の使徒が本当に望んでいたことは本当に自分の理想郷の実現だったのか?

ですので、卵の使徒は、最後の最後に、自分がこの地球上に生を受け、存在していたことを誰かに知っておいて欲しかった。

そして、二番目に望んでいたことが、この世の消滅ではなかったのではないでしょうか?

このように考えると、卵の使徒にとって理想郷というのは、本当は、差別の無い国ではなく、自分の存在を肯定してくれる場または人ではなかったか?そのように思えてなりません。

そして、自分の存在を肯定してくれる候補として挙がったのがルカでした。

卵の使徒は、ルカを見つけ、彼女の行動を見ることで、卵の使徒の一番の望みである理想郷の定義が、自分の存在を肯定してくれる場に変化したのかもしれません

ルカは、自分のことしか考えない連中の中で、唯一、相手のことを想う気持ちが強く、仲間たちにも慕われていたおおらかな女性です。

なので、ルカならば、きっと自分のことも無視することなく、もしかしたら、少しは自分のことを覚えていてくれるかもしれないと考え、ルカをさらって、彼女と話がしたいという心的変化を生じたのかもしれません。

そのことは当たっておりました。ルカは、アルビオン修道院が崩壊した後、卵の使徒に対して野花を手向(たむけ)ており、卵の使徒のことを忘れないでいます(コミック21巻『決意と旅達』の節をご参照ください。)。

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9.まとめ

いかがでしたか?

今回は、「ルセルク完璧な世界の卵の『生贄』ってとどのつまり何だったの?」について述べました。

ルカは、命からがらの救出劇を自ら演じましたが、野花を卵の使徒に手向けたことから明らかなように、自分よりも他人のこと、ましてや魔物としての存在でしかなかった卵の使徒のことまでも思いやることができる、登場人物の中で唯一人寛容な存在者でした。

これにはきっと、髑髏の騎士さえも予想していなかったことではないかと思います。

人の価値は、ドンズまりの状態にあるときにどう対処できるかで決まります。

ルカの相手を思いやる行為は男でもできない。

僕なんかにはいくら逆立ちしてもできないな、きっと、残念ながらそう思いました。

強い人ほど優しい。

僕が好きな言葉です。

僕は50代です。

なので、残りの人生はきっとそんなに長くはありません。

だからこそ、死ぬときにいい人生だったと思えるように、これからの人生を他人のためにどれだけ尽くせるかが、僕の勝負人生だと思っています。

今日も僕のブログ”【そあかん】ベルセルク漫画アニメ映画まとめブログ”にご来訪頂きありがとうございました。

これからも頑張りますのでお付き合いのほどよろしくお願い申し上げます。

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