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ベルセルク新アニメ断罪篇『生誕祭の章』第17、18巻の脇役ルナ、ニーナ、モズグスの名セリフ

今日は、ベルセルク新アニメ断罪篇 『生誕祭の章』コミック第17、18巻の名脇役ゴドー、ニーナ、ルナ、モズグスの名セリフについて述べます。

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1.ベルセルクコミック第17巻ゴドーの名セリフその1

『やっぱり死ぬときゃ一人 前のめりってのがいい』

ガッツがゴドーのところに戻り、魔物との対決で負った傷が癒えるのを待っているしばらくの間に、ゴドーが、ドラゴンころしの焼き入れ(刀を高温状態から急冷させることで、材料を硬くて、強くすること)による修復を仕事場でしているときに、ゴドーが、ガッツの昔からの友人で、鷹の団の元団員であったリッケルトに言ったことばです。

ガッツがゴドーのところを訪れたとき、ゴドーは、老齢で体調 を崩しており、静養しているところでした。

しかし、ガッツの生き様をみている間に自分の寿命が縮まっても構わない、生きている間は少しでも懸命に生きるべきだという心からの想いにより、ゴドーを病床の身から仕事場に自ら駈り立たせたときのことばです。

ガッツの生き様にゴドーが感動したからこそ出たことばです。

ガッツのような若造に負けてたまるか、安穏と床に伏せてなどいられるか、そういう気持ちが高まって、刀鍛冶として超一流人であるが故に出たことばだと思いました。

僕も死ぬ間際、このように言えたら最高だと思います。

僕は50代半ばです。

これまで少しの成功もありましたがたくさんの失敗もありました。

なので、できればあのときにこうやっていれば良かったとか、しなければよかったとか、思い起こすことはたくさんあります。

年齢を重ねることで、また経験を積むことで得るものも勿論あります。

ですが、気持ちはあっても、常に一所懸命にできることばかりではありません。

自分が置かれている環境や状況によって生き方や仕事の進み方などは左右されますし、自分の意思とは関係ないところで物事が進むことだってあるからです。

ですが、自分を律することで、仕事でも何でも、もっと上手くできたのではないかという思いもあります。

成功者や年配の人は、下のものに対して、精一杯頑張れということを叱咤激励のためにいうことがあります。

ですが、人である以上、その人たちにも、本当は一生懸命にできなかったことや後悔などはたくさんあったはずです。

なので、辛い状態に今自分が置かれているときに何か人からいわれても、話半分で聞くのがいいかもしれません。「それができていれば、とっくにしているよ」という声が挙がるかもしれません。

この世の中で、自分に起こることに対して最後に責任を取るのは、すべて自分です。

誰かが言ってくれたアドバイスを受け入れるという選択をしたのも自分です。

そのアドバイスに対して何らかの実行をすることを選択したのも自分です。

ですので、責任を取るのは自分であって、アドバイスをしてくれた人ではありません。

ゴドーは頑固親父ですし、言いたいことは歯に衣着せずにいうところがあります。

でもやるべきことは、譬え、体調が悪くても実行するタイプの人です。

こういう人は、一見疎ましく思われることが多いと思います。理解されるのに時間が掛かったり、最悪嫌われたりすることだってあるでしょう。

ですが、口先ばかりで実行の伴わない人よりもずっといいかな?と口から先に生まれたかもしれない僕のゴドーに対する感想でした。

でもうるさい親父は、僕も本当はすきではありません。

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2.ベルセルクコミック第17巻ゴドーの名セリフその2 

『いい剣てのは  たとえさ錆びついてなまくらになっても
その芯には決して錆びつかない  いい鉄を残すもんだ
その鉄こそ最高の鉄 たとえ亀裂が入ろうが 火に入れりゃ
必ず蘇る あのバカに言っとけ オレみたいになるなって』

ドラゴンころしに焼き入れをしている間に、ゴドーが、独りごちる(ひとりごとをいう)ように、リッケルトに言ったことばです。

一流の鍛冶屋として人生を生きてきたゴドーだからこそ言えたことばだと思います。

真贋(しんがん)を見分ける目が無ければ、このようなたとえ話はできない、そのように思います。

超一流の人に共通して言えることっていくつかあると思います。

例えば、NHKのプロフェッショナルという番組で鉄人であるプロフェッショナルに対して、プロフェッショナルとはどういう人ですかという質問をすると、浸食を忘れて仕事する人とか、毎日休むことなく実行した人とか、相手のことを自分のこととして理解できるように努力している人とか、・・・・プロフェッショナルと言われる人が、自分の経験から感じたことをその人のことばで話してくれるわけです。

この人たちに共通するものとして僕が思うには、誰からも教わったわけではないのに、その人たちのことばは、人を感動させるということです。

なので、ゴドーのことばも読者である僕たちの心に響くのではないでしょうか。

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3.ベルセルクコミック第17巻ゴドーの名セリフその3

『そうやって何かに向かって走り出すと
また何か一つ気づかずに零(こぼ)れて
いくもんさ ほんとままならねえ・・・
ままならねえもんさ
生きるの死ぬのなんざ』

”ままならねえ” つまり、”ままならぬ”の意味は、思い通りにならないという意味です。

それが人生だし、生きるのも死ぬのも自分では思い通りにならない。

そういうことをゴドーは言っているのだと思います。

そして、何かに向かって懸命になっているとき、それに専心するが故に、忘れてきたものや人など、犠牲にしてしまうものがあるのだということを、ゴドー自身が自らを振り返っていっているのだと思いました。

ゴドーは独身です。

エリカがいますが実の子ではありません。

でも、ゴドーにも若かりし頃には、意中の女性もいたでしょう。

もしかしたら結婚していたかもしれません。

そして、王族からも認めてもらえるほど腕の立つ職人であったということですので、仕事ばかりに熱中し、家庭を顧みることができず、それ故、別れたということがあったかもしれません。

とにかく、それらすべてを含んだ上でのゴドーのことばだと僕は思いました。

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4.ベルセルクコミック第18巻 ニーナの名セリフ

『死ぬのも 生きるのも この世界も 神様も・・・!!
全部 全部・・・怖くて たまんないよォ・・・』

生きるって、こういうことなんだって想記させられるような言葉だと思いました。

人は皆弱いんです。

今の日本のような戦争のない平和な時代でさえも、自殺する人は年間3万人もいるそうです。

明日の我が身がどうなるかさえもわかりません。

みんな不安の中で生きています。

そういう混沌とした世の中だけど、それでも人は生きていかなければならない。

でも、ニーナは弱っちいけど、自分の心に正直な女性だと僕は思いました。

こういう女性って、本当は結構たくましくて、長生きする人が僕の周りにも何人かいます。

あまり好きではありませんが。

5.ベルセルクコミック第18巻 ルナの名セリフ

『人間ってのは浅ましいもんさ 自分よりちょっとでも持っている
やつは嫉(ねた)み  逆に持ってなければ貶(さげす)む 少しの
差で恐れたり 憎んだり ・・・悔しいけどあたし達みたいな持た
ざる者は特にね~~~だからさ!そうならないように毎日こうやって
証明するんだ  行いの伴わない信頼関係なんてないんだからね~~~
こういう世の中  持ちすぎてるのが一番やばいんだ~~~』

どうやったら、これだけ人間の心理の深いところにまで気付くことが彼女にはできたのでしょうか。

娼婦である以上、若くなければ商売はできないでしょうから、少なくとも20代後半はいっていると思われるルカです。

50代の僕から見たら、20代の頃は、まだ大人に脱皮できていないところが多いと思います。

それなのにルカは、人生の達人のようなことをいっています。

明らかでない彼女の生い立ちですが、幼少の頃はさぞかし苦労したのではないでしょうか。

不幸な人生を送れば、人を信じることができないねじれた性格になり易く、基本的に人を信じられない用心深いところが出てくると思います。

多分、後輩のニーナのように自分のことで精一杯で、他人を思いやるゆとりなどないのが普通の人なのではないかと思うのです。

なのに、リーダー格のルナはLK、自分の仲間たちのことを常に考ることができる母親のような慈愛に満ちた女性です。そして、いったん決めたことは、必ず実行する仁義のある女性です。

男でも任侠のある人が少なくなったといわれる今、ルナの行動を見て恥ずかしくなる輩も、僕を含めて少なくないのではないかと思いました。

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6.ベルセルクコミック第18巻 モズグスの名セリフ

『困難な任務を嘆いてはなりません。
人々の理解を得られぬことを嘆いてはなりません
人の死を己の死を恐れてはなりません。
自らの行いに報いを求めてはなりません 
神に問うてはなりません
人として心と肉に血を流そうとも ただひたむきに
神のために在り続ける  それが信仰というものです。』

弱い自分を懺悔するファルネーゼに対し、モズグスが言ったことばです。

この言葉の発言の後で、ファルネーゼの家来で腹違いの兄セルピコが小さな声でいった、

『なんかうさんくさいんですよねェ 非の打ち所の無い正論って』

ということばに、同調した人は、少なくないのではないでしょうか。

でも、聖職にある牧師とか、教師とか、警察官とかいう人の中にも変な人はいるわけで、新聞やニュースざたになることって昔からあります。

僕の友人で教師をしている人がいます。

彼が教師になったばかりの頃に、なぜ教師になったのか尋ねたことがありました。

彼の答えは、休みが多くて安定しているからということでした。

こいつに教師の資格なしとその時僕は思ったんだけど、僕自身が自分の潜在意識にこのブログを書いている今もう一度問うたら、俺もそうすればよかったという声が聞こえたような気がしました。

弱い自分を若気の至りで当時は隠し、友人のことを非難する自分がいたけど、自分よりもその友人の方が、僕なんかよりずっと正直で強かったように思いました。

今日も僕のブログ”【そあかん】ベルセルク漫画アニメ映画まとめブログ”にご来訪頂きありがとうございました。

これからも頑張りますのでお付き合いのほどよろしくお願い申し上げます。

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