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ベルセルク アニメ 鬼才三浦建太郎氏が描く色っぽさ!

今日は、『ベルセルク アニメ 鬼才三浦建太郎氏が描く色っぽさ』について、その理由を、根拠に基づいて考察しみたいと思います。

Nude of the Berserk

ベルセルクが妖艶なことに関しましては、僕の別記事『ベルセルク第6話あらすじ ニーナとファルネーゼどっちの悶え勝ち?』でも述べておりますので、よろしければそちらも併せて読んで頂けると嬉しいです。

深夜番組とはいえTV番組ですから、ぎりぎりのところを踏まえて、良く頑張っていると思います。

コミック第1巻では、ガッツが美女の使徒とアダルトシーンで始まる場面にいきなり遭遇します。なので、最初は、おやおやと思いました。しかし、その後は、非常に面白く感じ、あっというまに既刊38巻までを読んでしまいました。

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1.最初で色香を放ったベルセルク

ベルセルクのコミックを読み進めて行くうちに、この第1巻でガッツと最初にまぐあった使徒が、鷹の団千人長の一人であるコルカスに対して、蝕のときに、色香で引導を渡した美人使徒だと気付きました。

コルカスが女誑し(おんなたらし)というのは、周知の如くなんだけど、地獄に仏ならず『地獄に女かよ?』って、自分で言う位です(コミック13巻『死の嵐①』をご参照ください。)。なので、コルカスのカサノバは相当のもんだと思います。

そのことに自分でも気付きながらコルカスは、使徒の乳房に手を添え、乳房に顔を埋めながら、『ちくしょうオォ どうして俺って奴あよオォ・・・』と叫んでいる場面が僕の脳裏に残っています。

この使徒は、ガッツの場合も色仕掛けで近付き、ガッツを油断をさせ、ガッツを喰らうという魂胆だったのでしょう。けれど、そうは問屋が卸さず、ガッツの義手砲で殺(や)られてしまいます。

男の一番弱い色香でガッツを罠に掛けようとしたのでしょうが、ガッツの方が一枚も二枚も上手でした。

2.何故、ガッツは美人の使途にも強いのか

ガッツは、使徒に対しては、並々ならぬ決意と憎悪と殺意とをもっています。ですので、ガッツが、わざと使徒の手の内に乗ったふりをすることで、ガッツは確実に使徒を殺すという意図であったと思われます。

ガッツは、目的の為なら手段を選びません。

このことは、ガッツが、グリフィスと決闘したときの場面からも理解できます。

その場面とは、ガッツに惚れたグリフィスが、ガッツを自分のものにするためにガッツと果たし合いに臨んだときがあります。分(ぶ)の悪いガッツは、グリフィスに向けて自分の剣で土を払い、グリフィスに目つぶしを喰らわす場面です(コミック第4巻『黄金時代編5』)。

それでもガッツは、グリフィスにかなうことができませでした。

コルカスたち鷹の団の団員たちは、ガッツの行為を汚いと非難します。ですが、目的のために手段を選ばないガッツのことを、グリフィスは「気に入った」と言っています。

ガッツは、幼少時から傭兵団に属していました。自らの命は自ら守るしかなかったガッツにとっては、対戦方法にいいも悪いもなかった。生きて行くためには何でもやった。それが当然のことでした。なので、使徒なぞに手段を選ばないのは当たり前です。

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3.なぜ漫画の始まる最初のシーンで際どいシーンが流行るのか?

最も漫画の始まる最初のシーンで、作者の三浦建太郎先生が、コルカスの最期に当たる人物をこの美人使徒と考えていたか否かは不明です。最初は、勢いで書いてしまったのかもしれません。

ベルセルクが連載された1990年代以前は、こういう際どいいシーンからはじまる男性漫画は多かったように思います。例えば、太田垣康男作「ムーンライトマイル」とか。それよりも前でいえば、永井豪作の「けっこう仮面」や「ハレンチ学園」などがありました。

4.漫画家の立場と出版社の関係は?

今から考えるとベルセルクは、お色気シーンから始める必要はなかったように思います。ですが、当時はまだベルセルクが、世界中で大ヒットするか否かは誰にもわかりませんでした。

なので、読者の人気を博すためには、過激な描写が必要とされたのかもしれません。何といってもその当時の三浦先生は、大学を卒業したてで、社会人としては全くのひよっこでした。デビューを飾るためにも出版社のいいなりにならざるを得ない部分があったのかもしれません。

漫画家は、駆け出し時点では、雑誌の売れ筋傾向に合わせたり、世界観や形があやふやな部分もあると思います。ですので、打ち切られない為のその場凌ぎのためということも、ご本人の意に反してあったかもしれません。

漫画家や作家という家業は、特に新人の場合、最初の時点で人気が出なければ、打ち切りや早期連載終了など、非常に厳しい現実を突き付けられます。ですので、出版社のいいなりになるのもやむを得ない場合はあるでしょう。

出版社は企業ですから儲けなくてはなりません。そのためには色んなことをします。それは企業の宿命ともいえるものです。このため、女性の肢体を美しく艶やかに魅せて、読者を引き込む要請がもしかしたらあったかもしれないです。

一方で、人気を博して長編化してしまう場合もあると思います。その場合、嬉しい悲鳴を出すことになるわけです。けれど、儲けるために当初考えていたものと違った内容で製作せざるを得なくなってしまうことだってあり得るわけです。

そうなると、作者が本来描きたかったものを、出版社が儲けるために犠牲にして自分の意にそぐわないことを描くことだってあると思います。

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5.三浦建太郎先生が当初考えていたこと

でも、三浦建太郎先生は、3,4巻までで、ガッツを全面に押しだし、ガッツのキャラを固めたいと思っていたみたいです。

このことについては、僕の別の記事『ベルセルク新アニメ漫画連載再開  作者三浦先生の苦悩 その根拠と理由は?』でも述べていますので、よろしければそちらも読んで頂けると嬉しいです。

蝕の出来事とかは関係なしに、ベルセルクという物語全体をダークなイメージにしたいという考えが三浦先生の頭の中にあったのではないでしょうか。まずは「狂戦士(ベルセルク)」というイメージの土台作りに専念したかったのだと思います。

なので、コミック第1巻の美女の使徒とガッツとが、どういうストーリーで出会ったかなどということに手間をとることはせず、ガッツが使徒を罠にはめ込むためには手段は選ばないというダークなイメージを読者に与えることに専心していたのかもしれません。

そしてその結果として、出版社の意図とは別に、ベルセルクの描写を先生自身のお考えのもと、色っぽくかつグロテスクにすることが必要と考えていたのかもしれません。

6.これからの展開は?

上記コミック第1話は、まだ現在のところどこにも繋がっていません。

個人的には、今後の展開ではもうないように思います。というのは、第1話の最初に出てくる使徒とガッツとの絡みの部分は、既述のように、読者に強いインパクトを与えるかということが目的であったと思われ、その目的はすでに達成していると考えるからです。

その第1話の美女の使徒が、スケベなコルカスの蝕での最期のシーンに登場する人物となったのはたまたまであり、コルカスが死んでしまった今、重要な登場人物でないその女使徒にページを割くとは到底思えません。

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7.まとめ

ベルセルクにおけるアダルトな艶っぽいシーンは、いまやベルセルクの中では非常に重要な部分になっていると思います。

それは、三浦先生の描写力が半端でなく、ベルセルクが画集といわれるようになった今、三浦先生の描く女性美というものが、男性のみならず女性をも惹きつける要因の一つにまでなってしまったからだと考えます。

このように考えるのは、例えば以下の節にある性描写からも明かです。

コミック13巻『右目の残照』において、グリフィスがキャスカを陵辱するところをガッツが使徒に押さえつけられ、身動きできない状態で目の前で展開するシーンがあるのですが、そのときにキャスカの乳房が際立つ描写があります。

キャスカファンにとってはたまらないシーンですが、その描写が素晴らしい。芸術作品ともいえるのではないでしょうか?

また、ガッツに見られながらのグリフィスとのセックスは、キャスカにとっては、その行為自体に「危険な香り」を感じ、「見られたい」という「興奮」と「見られてはまずい」という感覚を強めたことになると思いました。なので、それらのギリギリの部分が、キャスカにとって最高の快楽に繋がっていたのかもしれません。

ましてや、キャスカにとって、グリフィスは、女にも剣にもなれなかった存在です。アイドルの追っ掛けファンは、アイドルのことを「アイドルは理想形」という表現を使うそうです。これをそのままキャスカとグリフィスに当て嵌めれば、キャスカにとって、『グリフィスは理想型』であったわけです。

そして、アイドルの追っ掛け同様、グリフィスは、キャスカにとって、決して手の届くものではありませんでした。だが、その理想の人物と今自分は行為をしている。しかも、男と女に初めてなった相手、ガッツの目の前で。

キャスカは見られて興奮するタイプだったのでしょうか。理屈ではなく体がかってに震いだしてしまうような。それを証拠付けるものとして、グリフィスとの行為において、グリフィスとキスするシーンで、垂れていた両腕が、グリフィスの顔をその両手で囲い込むように上がった描写があります。

しかし、そんな女の機微を、戦いに明け暮れ、女性経験の浅いガッツにとっては、キャスカが、グリフィスにいじめられ、苦しめられて悲しんでいるとしか写らなかったのかもしれません。

だって、現実にキャスカは泣いているのですから。しかも、ガッツは、女の気持ちなんて全くわからない、先天的に脳の機能障害があるほどの脳天気野郎なところがある。

なので、ガッツがキャスカを泣かしたグリフィスに対して、怒り心頭に発するのは、当然といえば当然だったといえるでしょう。

グリフィスとしては、キャスカをいかせたことで、ガッツに対する自尊心の修復にもなったかもしれません。

また、このときのグリフィスには、真の友であるガッツに対する罪悪感というものは皆無だったのではないでしょうか。

なぜかというと、深淵の源形(イデア)との交信で、我が望むものは、良きことも悪しきことも全て民のためという認識が、グリフィスの中に既に形成されていたからです。

なお、この辺りのグリフィスの心的変化の子細については、僕の別記事で一番人気の『ベルセルクアニメ 幻の83話 深淵の神②(単行本未収録)グリフィス転成の謎考察 』と四番人気の『ベルセルク新アニメのグリフィスのガッツ、キャスカに対する心的関係? 』に詳しく掲載してありますので、よろしければそちらも読んで頂けると嬉しいです。

このように、ベルセルクは、人のこころの機微を非常にリアルかつ繊細丁寧に描いているので、見ているものの潜在意識までを揺さぶるのかもしれません。

その結果、『ベルセルクは、三浦建太郎先生が描くとどうしてこんなに色っぽい。』と思ってしまうのは、僕だけでしょうか。

今日も僕のブログ”【そあかん】ベルセルク漫画アニメ映画まとめブログ”にご来訪頂きありがとうございました。

これからも頑張りますのでお付き合いのほどよろしくお願い申し上げます。

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