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【ベルセルク最新話】第364話『朝露の涙』のあらすじと感想!

【ベルセルク最新話】第364話『朝露の涙』のあらすじと感想について述べさせていただきます。

本日2021年9月10日にベルセルクの第364話が、メモリアル号としてヤングアニマルに掲載されました。

5月の三浦建太郎先生の訃報から、約4か月がたち、多くの方々の想いが込められていることでしょう。

タイトルは“朝露の涙”です。

『あさつゆのなみだ』でしょうか。

朝露は、空気が冷やされてできた水滴のこと。

もしくは、その消えやすさに例えられ、儚いものという意味を持ちます。

果たして、物語の中ではどのような意味を持つのか。

皆さんと一緒に見ていきたいです。

今回の記事では、363話『朝露の涙』のあらすじを紹介し、

ブログ作者としての私の感想を述べさせていただきたいと思います。

よろしくお願いいたします。

一読者として、

三浦建太郎先生と、そして、ベルセルクとつながるすべての方に感謝と尊敬の念を。

さぁ、参りましょう!

前回の記事はこちらです。

↓ ↓ ↓

363話『跳猿』のあらすじと感想

1.あらすじ

物語の舞台は『精霊島』

ガッツの前に、あの少年が現れます。

何をするかと思いきや、ガッツの頭によじ登ります。

ガッツはそのまま帰ることになり、皆さんも驚いている様子。

シールケは少年のことを、精霊島の王である、ダナンの化身だと予想しますが……

ダナンは覚えがない様子。

恥ずかしがるシールケが非常に可愛らしい。

ガッツは皆に、少年をキャスカのもとへ連れて行ってほしいと頼みます。

記憶を取り戻したばかりのキャスカも、少年のことを覚えていました。

満月の夜にだけ現れる少年。

この子は一体何者なのか。

ダナンは言います。

「少年が精霊島に入れたということは、少年に害意がないことの証であり、
『島の縁』となった、シールケ、ファルネーゼ、キャスカが少年を導いた」

「魔術師であるシールケ、ダナンのお古を着ているファルネーゼ、森装束を着ているキャスカは、精霊島に受け入れられた」

「受け入れられた彼女たちが、少年を導いたのだ」

「そして、恐らくはガッツも……」と。

しかし、満月が終わった次の日。

少年はまだそばにいました。

「精霊島は時が曖昧だから」とダナンは言います。

どうやら数日は一緒にいられるそうです。

みんなと同じときを過ごす、少年。

シールケの箒にまたがったり、キノコをとったり、土の精霊と並んで歩いたり、水辺であそんだり。

  

ゲドフリンら、精霊島の村の取りまとめ役も、少年を害意がまるで感じられないと判断します。

一方で、ガッツは変わらず一人で剣を振るっています。

しかし、振る剣がすっぽぬけてしまったり、ナイフをなげても標的に当たらなかったり、視界がかすんだり、調子が悪いよう。

「狂戦士の甲冑を身に付けないと、まだ無理か」とガッツは鎧を見ます。

すると、いつの間にか、少年が鎧の中に隠れていました。

「ったく何なんだよ」と言いつつも、ガッツは少しだけ笑って相手をします。

そして、キャスカのそばにいてやってくれと、皆の下へ向かわせます。

その夜。

キャスカと少年は一緒に寝ています。

キャスカは少年といるのが当たり前のような、ずっと前から一緒にいたような気がしてなりません。

そして、夢の中にでてくるあの光景

飛び起きたキャスカの傍に少年はいません。

あわてて外にでると、ガッツと少年が外にいました。

そして、少年の姿が変わります。

変わったその姿は――

「夢を見ていた」

「満月の夜に 幼子になって懐かしい温もりに抱かれるんだ」

「だが 夢から覚めると 微かな寂寥感が残るだけ…」

「…それもすぐに消える」

「一筋の涙とともに 朝露のように」

2.感想

では、私が想い感じたことを、

ここに書かせていただきます。

よろしければ、このままご覧になってください。

三浦建太郎がお亡くなりになり、これが最後の物語かもしれない。

そう思っていれば、何倍も丁寧に読み、何倍も強く考えます。

感じ入ることで、三浦健太郎先生はすごいと、これ以上ないほどに思いました。

ブログ筆者である私は、漫画を描いたことはありません。

そういう意味では、すごさを理解しきれていないと言えるでしょう。

しかし、漫画に対して初心(うぶ)だからこそ見え方が異なる。

漫画は多くの方によまれるものであり、
初心な自分が感じ取れたものならば、それは間違いなく多くの方の心を動かすのではないか。

そう考えます。

何を、すごいと思わされたか。

伝えさせてください。

描写

ベルセルクの世界。

その万物に先生が力を込めていること。

たとえば、

イシドロの細部までこられた外見。しわや陰で服が生きていて、握っている釣竿にも糸の先まで力が宿り、『イシドロは釣りをしている』と、そう思いました。

始めからそこにあったかのような無数の木目、凹凸。イシドロが立つ場所はただの地面ではなかった。佇む大木ではなかった。折れて倒れた姿を描くのは一体どれほど大変なのでしょうか。どれほどリアリティをだしているのでしょうか。

空気に酸素がある気がします。桜の花びらが近くにあって遠くにもあって、風が彼らを撫でている気がします。

背景にある、遠くにある淡い桜の木を、私が同じように描くことはできません。

描かれている一つ一つ、無数に対する『すごい』がありました。

たとえば、その素顔

白い髪が光加減になって、それが、一本一本になる。毛先の向きが揺れ動いて、その人が生きていると思います。

鼻立ちが、口元が、キャスカだと思わせてくれて、少年だと思わせてくれますね。

瞳が、とてもきれい。

そこにいてくれるから、私も物を想い、考えることができる。

その登場人物を、好きになるのだと思います。

たとえば、擬音語、擬態語

『タタタ…』

『グィ…』

『ポンポン』

  

もう、ここは

可愛い。

でいいような気がしますが、
細部まで音が練られることで、私は彼らを知ることができていました。彼らの傍にいられました。

きっと、ただ文字をおけば良いという話ではなく、

大きさ、位置、フォント。

できることを尽くされたからこそ、私はベルセルクを覗かせてもらっていたのだと思います。

そして、かつての『蝕』のすごさも。

異形の怪物たち。

ゴッドハンド。

正直、何と言い表せばいいのか、分からないですね。

恐ろしい、と思わせられる。

フィクションの壁を超えている。

こんな世界を、先生はずっとずっと書き続けていたのですね。

その一端に最後まで触れさせてもらえたこと、これ以上嬉しいことはありません。

言葉

ベルセルクは本当に奥深く、先が気になって仕方がない物語です。

その要因の一つとして、含みのある会話と、その背景からくる謎、が挙げられるでしょう。

今回の話で気になると言えば、やはりこれでしょうか。

意味な言葉と言うのは、ただ載せればいいという訳ではないでしょう。

後で伏線を回収しなければならないのはもちろんのこと、登場人物の背景からくる言葉の重み、説得力も必要なのではないかと思います。

言葉を聞く度に、思っていました。

どういう意味だろう?

どんなふうにつながっていくのだろう?

ガッツやキャスカ、グリフィス、大切な仲間たちはどうなるのだろう?

こちらが望まずとも、気になってしまうことのすごさ。

「ふーん、そうなんだ」――で、決して終わらない。

三浦建太郎先生が途方もない時間を考えられ、大きくそそぎこまれた物語。

ベルセルクは生きている。

それが、随所の言葉一つ一つにすごいをもたせているのではないか、と思います。

加えて言葉は、含みのあるものだけではなかったですね。

他者を思いやる優しい言葉。

そして、今回の話では見受けられませんでしたが――、

本気の言葉。

一例として出しましたが、

ここからベルセルクは始まっている気がします。

本気で何かを成し遂げたいという想い。

『復讐』であったとしても、『助けたい』であったとしても、

人は本気の想いに心を打たれるのだと思います。

様々な場面で心が震えたことを、よく覚えています。

特に、ガッツには本当に。

こういう言葉も、ただ吠えればいいという話ではないでしょう。

生きているから。

世界があるから。

生きている人が本気だから。

本当に、先生はすごい方です。

他にも、要所にたくさんある『つぶやき』は、私の心を温かくしてくれました。

つぶやきの数は、先生のベルセルクへの想いの強さだと、私は思います。

それほどベルセルクに死力を尽くしているのだと思います。

ストーリー・物語

おもしろい

ストーリーについては恐縮ですが、一言で終わらせます。

どこが面白いか書いても野暮な気がしました。

感性のまま吐き出します。

理屈じゃなく、本能が訴えます。

読んでいてとても面白いです。

だから、すごすぎます。

おもしろくて幸せで、自分が死んだ後もずっと覚えていると思います。

三浦建太郎先生、ありがとうございます。

3.考察

短くはありますが、今回の話においてブログ筆者が考えたことを述べさせていただきます。

少年とグリフィス

「夢を見ていた」

「満月の夜に 幼子になって懐かしい温もりに抱かれるんだ」

「だが 夢から覚めると 微かな寂寥感が残るだけ…」

「…それもすぐに消える」

「一筋の涙とともに 朝露のように」

そう言いながら、少年はグリフィスの姿になりました。

少年はグリフィスなのか。

それとも、グリフィスの姿になっただけなのか。

真相は分からない状態になりましたが、読者である我々にとって衝撃的な展開であったことに間違いはありません。

以前より、ガッツとキャスカの子供であると推測されていた少年。

私自身も色々と予想はしてみました。

蝕に起こった出来事から、グリフィスの力が少年に宿っているのではないか。

グリフィスの一部が少年かもしれないし、記憶や意思が入り込んでいるだけかもしれない。

グリフィスの姿をしているだけで、2人の子であることは間違いないのかもしれない。

三浦先生が亡くなり、私たちファンはこれから先において、想像を大きく膨らませていくことになりました。

私はベルセルクの物語にどう折り合いをつければいいのか。

色々と考えていました。

今後のストーリー

三浦先生が見ていた、ベルセルクの最後はどのような光景だったのでしょう。

個人的な望みをいえば、帰結してほしい内容のものがあります。

鷹の団、亡くなった仲間たちへのけじめ。

ゴッドハンドとの戦い。

ガッツとキャスカは。

ガッツとグリフィスは。

書き出してみると、他にもたくさんありました。

もしかすれば真相は、三浦先生から編集部のどなたかに伝わっているかもしれません。

私たちがそれに触れることができる日もくるかもしれません。

しかし、こないかもしれない。

でも、ここで止まるのは寂しい。

であるならば、思い続けることが大切なのかなと思いました。

今後どうなるかを、各々で個人的に予想するのはどうでしょうか。二次創作でベルセルクに関わるかたもいらっしゃると思います。

アニメ化もされています。漫画とは違った形で心を揺さぶられるものです。ふと見たくなったら、まだ見ていない人と楽しむことができます。

一人でやらずとも、ファンの人と共に語りあって考察を深めていくこともできるでしょう。

何より、ベルセルクの本を見返すだけでも幸せがもらえます。

私の場合は、この『そあかん』というブログです。

記事を書くことで、私自身がなによりも満たされる思いでした。

ベルセルクの続編が見れなかったとしても、ベルセルクの世界でガッツたちは生きている。

本当に異世界が存在しているように。

そうやって、私たちなりのやり方で、ベルセルクを紡いでいく。

続いていく。

すごいことだと思います。

4.告知紹介

大ベルセルク展

2021年9月10日(金)~ 9月23日(木)

この期間に、『大ベルセルク展』が開催されます。

三浦健太郎先生の32年間の軌跡。

イラスト!
ラフ画!
フィギュア!
オリジナルグッズ!
インタビュー動画!
仕事場再現!
蝕の夜!?

ベルセルクファンにとっては楽園と呼ばれる場所になることでしょう。

ブログ筆者は、時世や個人的事情を鑑みて断念いたしましたが。

ベルセルクと共に歩んできた皆様がかけがえのない時間を過ごせることを祈っております。

ベルセルク41巻 + ドゥルアンキ

我らがベルセルクの41巻が、12月24日に発売決定です。

大ベルセルク展の書き下ろしイラスト、や、豪華キャストによるドラマCDが同梱されています!

クリスマスも祝福してくれますね。

というか、ドラマCDですか!?

加えて、

ヤングアニマルZEROに掲載された『ドゥルアンキ』も同日発売です。

三浦建太郎先生の壮大な世界観が、ベルセルクの次元を超えて、新たな世界を創造した。

そう言えるのではないでしょうか。

買うしかないですね。

買うしかないですね。

5.第364話の最後のページに

今回のヤングアニマルにて、

ヤングアニマル編集部からファンの皆様へのメッセージがありました。

先生が最後に直接ペンを入れ、スタジオ我画のメンバーが総力をあげて仕上げたものが、364話であること。

ペン画の状態からも伝わってくる原稿への強い熱を届けるために、今回に限りペン画を表紙としたこと。

ベルセルクという作品がどれだけ重かったかということ。

作品の今後は未定であること。

そして、ファンの方々への感謝が綴られておりました。

ベルセルクの続きが読めないこと、私としても悲しみを抑えきれません。

しかし、この壮大な物語はたしかに私の中に刻み込まれ、これからも思い起こすことでしょう。

私なりに物を想い考えることができたベルセルクと、これからも一緒にいたいと考えます。

6.まとめ

ここまで読んでくださり感謝いたします。

拙い文章ではありましたが、何かを思ってくださればとても嬉しいです。

上でも書きましたが、これでベルセルクは終わりだとは思いません。

これからも多くの方々に支えられて、続いていくのだと思います。

私自身ベルセルクを読み始めてから長い年月がたち、それなりに歳をとりましたが、これからもファンの一人として皆さんのそばにいたいです。

どうぞよろしくお願いいたします。

最後にもう一度。

読んでくださり心より感謝申し上げます。

ありがとうございました。

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